運動や動き、身体操作の本質の観つけ方

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今日もブログへの訪問、
ありがとうございます。

慎です。


今日は少し深いところを語ろうかなと思います。

それは
「本質」
についてです。

深いところといっても
それはとてもシンプルなことです。

みなさんは
ある運動や動き、身体操作において
「本質」を観つけたいとき
もしくは
「本質」だとチェックするときは
どのようにしていますか?

データを取って検証?
結果がよければ本質?

どれもが正解かもしれませんが、
「自分の中にしか答えはない」
とすると自分が感じることとしては
なにが判断基準となるでしょうか?


これは実は以前のブログ
最小限のドライブで相手を抜く
でかなりさらっと言っています。

それは
「達成感のないものこそ本質」
です。

「え、達成感って必要でしょ」
って思いますよね。

目標などを達成した時などには
ある程度の達成感はあってもいいかもしれませんが

それを
「運動、動き、身体操作」
(以降身体操作)
に求めると本質から遠ざかってしまいます。

なぜか?

身体操作において達成感があるということは
自分の中でエネルギーが留まっているので
その留まりを達成感と感じています。

留まっているということは
「力が出ている」
のではなく、
「力が入っている」
のでエネルギーが入ったまま
です。

達成感という言葉を変えましょうか。

「手ごたえ」
にしていきます。


例えばシュートを打つとき、
自分にしっかりとした手ごたえ=力感
があったからボールに力が伝わっている
と思っている人がいたら、それはちょっとズレています。

手ごたえがあるということは
自分の内にエネルギーが留まっているので
ボールに力が伝わっているわけではなく、

下半身に力が入っていたなら
エネルギーは下半身に入ったままで
出ているのではないのでエネルギーは下半身にあるままです。

確かにそれでもボールは飛んでいくのですが、

それは自分の筋肉と地面がぶつかりを起こしている状態で、
そのぶつかりを使って飛距離を出しているにすぎません。

腕に手ごたえがあるならばは
腕の筋肉とボールがぶつかりを起こしているだけ
ということになりますね。

身体のいろんな個所に手ごたえがあるなら
身体のいろんな箇所がぶつかりを起こして
車の渋滞みたいなことが身体の中に起こっていることでしょう。


本当に伝わっているときというのは
自分に手ごたえがありません。

だから僕のシュートは手ごたえはないですし、
外から観ても力感が観えません。

シュートフォームがいいかどうかを観るときも
「打った感がいかにないか?」
で観ていくことが多いです。


その他で言えば、
野球でホームランを打ったが
打った手ごたえがなかった

空手の瓦割でしっかり割れたときは
殴った手ごたえがない

怒って壁を殴ったら穴が開いたが
自分の手は痛くないし、打った手ごたえもない

など。


今回は道具や物への影響について書きましたが、
これは相対するものが「人」であってもかわりません。

例えば、
「相手を押す」
ことに関して自分の力がちゃんと出ていれば
押している手ごたえはほとんどなくなります。


ほとんどは
「力を入れる」
ということにフォーカスしがちですが
「力を出す」=「達成感を求めない」
ということにフォーカスをしていくと

バスケに限らず、
身体操作においての「本質」
が見つかるかもしれません。


では今日はこの辺で。

ありがとうございました。

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自己紹介
名前:坂口 慎
出身地:富山県
バスケ歴:18年
古武術を独学で5年、そこから限界を感じていたときに「武学」に出会う
今ではその武学をバスケに応用し、クリニック、オンライン講座などで広めている
クリニックのご依頼はお問い合わせからご連絡いただけるとありがたいです

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