修行僧からめでたく変人へ

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~目次~
序章 坂口慎はどうして「武学」の道に入ったのか? 

第1章 坂口、部活やめるってよ。いや、やっぱやるってよ
~打ちのめされた大学時代~

第2章 「慎、バスケならこれでも読んでみたらどうだ?」
~絶望の淵と恩師N先生の些細な一言~

第3章 修行僧からめでたく変人へ ←今ココ
~心貧しきMAKOTOとメンター原田神の出会い~

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自分のバスケの下手さに気付き、
再び引きこもり生活を送っていた僕を救ったのは
N先生の些細な一言でした。

そこからとうとう変人としての道を
歩むことになった僕。

そこには順風満帆の変人LIFEが待っている…


はずだった。


◆インドの変人修行僧MAKOTO

N先生の些細な一言から
身体の新たな世界を知った僕は
さらに研究したくなり、卒業後、一年間、
研究生として大学に残ることにしました。

そこから私の変人度は加速していきます。

バスケへの応用はもちろんのこと

まずは家で一人で修行できるように
・木刀←どこの修学旅行生だよ
・杖←手作り
・模造刀←修学旅行生末期 症状
を手に入れます。

黙々と一人で修行して、
たまに先生とお話しして、
また黙々と修行して…の繰り返し。

あっという間に一年は過ぎました。

そして地元に帰り、
今の社会人チームに入ります。

このころにはだいぶ身体も変わっており、
バスケにもいろんな面で応用できていました。

しかし、僕の探求心は止まりませんでした。

「もっと相手を負かすには」
「もっと相手になにもさせないようにするには」
「もっと相手に…もっと…」

もっと修行しないと。

自称インドの変人修行僧MAKOTOの誕生です。

気付けば周りとの連絡は億劫になって、
積極的に取ることはなくなり、
仕事、修行、ゲーム
この三つを繰り返す生活。

するとどうでしょう。
バスケ中、相手選手にこんなことを
思うようになりました。

「そんなこともできないのか」
「俺がなにやってるかわからないんだろ?」
「ほら、こうすればどうせこうなるんだろう?」


「バスケって簡単だな…なんかつまんないな」

自分の身体の進化を常に求め、
相手を支配するにはどすればいいかを考えて修行。

確かに身体は変化していましたが、(進化ではない)
いつの間にか心は貧しく、
驕り高ぶった人間になっていました。

当時の僕はそんな腐った人間に
自分がなっているとは当然思っておらず、
「なにか他の人とは違う」
なんてことすらも思っていました。


自分が腐ってるとも知らず、過ごす日々。


そんな中、とうとう僕の今の人生を左右させた
一人の人間が現れます。


◆メンター原田と現実世界への進出

自分が進化していると勘違いして、
修行する毎日。

そんな中、一通のメールが届きます。

from 原田
「お久しぶりです!

 慎さんが卒業してからいろんなことがあり、

 慎さんといろいろお話ししたいので

 LINE教えてください!」

このメールを見たとき懐かしさを感じると同時に
周りとの連絡をあまり取らずにいた自分が
積極的にスラスラと連絡を取っていたな
と今では思います。

そのころ原田君はプロの練習生として
頑張っていました。

そんなこんなで連絡を取り合ううちに
原田君が僕の地元の富山に来ることになりました。

富山ではうちに泊まり、
原田君の話を聞いたり、
プロの話を聞いたり、
バスケでは一対一をしたり、
僕の持ってる技術披露したり…

お互いがお互いの知らない世界を語っていました。

原田君は終始、僕の身体動作を見ては
「慎さんもったいない、もったいない」
とつぶやいていたような気がします。

当時の僕には
「なにがもったいないんだろう?口癖かな?」
状態。
(気付けないほど心が終わってました。)

その時は特になにも変わらず、
二人はまたそれぞれの世界に帰り、
僕はさらにさらに奥深くへと
進化を勘違いした方向へ進み続けていました。

原田君とはちょくちょく連絡を取るようになり、
いろんな会話や自分のフォームの動画を
編集して送っていたのですが、
なぜか原田君とは特に気を遣わず
話すことができました。

原田君はよく僕のことをほめてくれました。

「そんなすごいか?」
「これくらい普通じゃないのか?」

最初はこんな風にしか思っていませんでしたが、
これも原田君の作戦だったのでしょうか、
僕にどんどん違う考えが出てきました。

「確かに試合でも使えるし割とすごいのかな?」
「こういう情報を知りたい人もいるのかな?」

そしてある時、原田君は僕に言うのです。

「ネットの講座開いてほしいっす。

 そしたら最強に広めます(-▽-)」


この一言で?と思うかもしれませんが、
すでに原田信者の僕にはこの一言で十分でした。

「自分にも世の中に対してできることがある」
「みんなに貢献できることがある」

これまで自分ばかりで
相手を負かすことしか考えていなかった僕。

原田君の一言で
「世の中のために貢献できる」
ことが一気にイメージすることができました。

それからは早かったですね。

TwitterやFacebookを始めると
こんなにも自分に
賛辞や質問してくれる人がたくさんいる。

「地獄にいた慎さんが現実世界に帰ってきた。」
原田君はこう言って僕をよくからかっていました。

でもそれは正解で情報発信する前の僕は
視野も狭ければ、視座も低い、
ほんと真っ暗な地獄ではないかと思うような場所で
ずっと修行していたのです。

そりゃ心も貧しく、
驕り高い人間にもなりますよね。

そこに現れたのが
「原田神」だったということですね。

そうしてやっと今の
「変人坂口慎」
が誕生したのでした。

めでたしめでたし。


以上が僕が変人化したお話しでした。
いかがだったでしょうか?

私の人生には3人の
「メンター」ができてきました。
※メンターとは
 自分が落ちてる時に引き戻してくれる存在

友人U君、N先生、そして原田君。

もちろんこの三人だけかと言われると
そうではないのですが、
この三人がいなかったら
今の私はいないと常々思います。

みなさんの中にも必ず
「メンター」なる人はいると思います。

そういう人は今後も必ず自分の人生にかかわる
「仲間」
となるはずです。

今回はみなさんの人生が
よりよくなるためのヒントを示せたらなと思い
恥を忍んで僕のストーリーを
描かせていただきました。

なにか一つでも
みなさんの人生の糧になれれば幸いです。


一人の変人のストーリーを読んでくださり
ありがとうございました。


では今後もブログ等よろしくお願い致します。


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自己紹介
名前:坂口 慎
出身地:富山県
バスケ歴:18年
古武術を独学で5年、そこから限界を感じていたときに「武学」に出会う
今ではその武学をバスケに応用し、クリニック、オンライン講座などで広めている

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